食道がんの治療

内視鏡治療

1)食道粘膜の構造

図19:食道粘膜層、粘膜下層の組織像

図19:食道粘膜層、粘膜下層の組織像

食道の壁は4層構造であり、内側から粘膜層、粘膜下層、固有筋層、外膜と言います。この粘膜層を詳しく分けると、粘膜上皮(EP)、粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)に分けられます。

なぜ、このように細かく分類するのでしょうか?これからお話しする、がんのリンパ節転移と深い関係があるからです。一番表面(内腔側)が粘膜上皮(EP)、次が粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)で、その下が粘膜下層(SM)です【図19】

がんはまず、この粘膜上皮(EP)に発生し、次第に粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)、粘膜下層(SM)へ浸潤します。これをがんの深達度と言います。

粘膜上皮(EP)や粘膜固有層(LPM)にとどまったがん(T1a-EP、T1a-LPM)は、転移を来す危険が極めて低いことが分かっています。一方、がんが粘膜筋板に達したがん(T1a-MM)では約10%で、がんが粘膜下層へ浸潤した場合(T1b-SM)では20%から50%も転移します。

したがって、内視鏡的切除の適応は、粘膜上皮内にとどまるT1a-EPがんと、粘膜固有層にとどまるT1a-LPMがんです。一方、粘膜筋板に達したT1a-MMは、CT検査や超音波内視鏡検査などの精密検査を施行し、リンパ節腫大が無い場合のみが内視鏡的切除の適応となります。T1a-MMがんと粘膜下層にわずかに(200μm以下)だけ浸潤したT1b-SM1がんは治療前に正確に区別ができないため、内視鏡治療を行ってから切除した病気を顕微鏡で詳しくしらべて次の治療に進むこともあります。

治療前に、がんがT1b-SM1までに留まっているかT1b-SM2にまで浸潤しているかを鑑別することは非常に重要です。鑑別は、内視鏡検査を用いて行い、とくに通常の内視鏡診断に加えて、がんの血管性状などを評価できる拡大内視鏡を用いた精密検査を行うことが推奨されています。

2)内視鏡切除術

図20:内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)による食道がんの内視鏡的治療

図20:内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)による食道がんの内視鏡的治療

内視鏡的切除の適応は、がんの深さに加えて広がりも考慮する必要があります。食道粘膜が全周でがんになっている場合は、内視鏡的切除後の食道狭窄(食道が狭くなること)のリスクが高くなるため、粘膜内がんであっても外科手術化学放射線療法による治療が行われることもあります。

内視鏡的粘膜切除術(EMR)と内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)という方法があります。EMRは内視鏡の先端から輪投げ状の電気メスをだし、吸引や鉗子で病変部をポリープ状に変形させて輪っかを根元で締めて電気で切除する方法です。短時間で比較的安全に切除することが出来ますが、一度にとれる大きさに制限があり、分割切除になった場合は正確な評価ができないという欠点がありました。

一方、ESDは内視鏡の先端から特殊な電気メスを出し、病変周囲の粘膜を切開した後に粘膜下層で剥離します【図20】。高度の技術を要しますが、大きな病変でも正確に切除することができます。日本食道学会の調査結果では、全体の92%がESDで切除されています。

切除時には静脈麻酔や挿管全身麻酔を行うため、軽い負担で治療ができます。術後しばらくは痛みを伴い、1~2日は絶食ですが、その後に柔らかい食事を開始し、1週間弱で退院することができます。主な偶発症は出血と穿孔と狭窄です。特に血液の流れを良くする抗凝固薬や抗血小板薬を内服している場合は、出血の危険が高くなります。術中または術後出血を来した場合は、特殊な鉗子と電気凝固を用いて止血します。

図21:狭窄部を風船で拡張する

図21:狭窄部を風船で拡張する

また、食道壁の厚さは4mm程度と非常に薄いため、穿孔といって孔があくことがあります。日本食道学会の全国調査結果ではEMRとESDの穿孔率はそれぞれ0.75%、1.02%と共に低く比較的安全に治療ができます。穿孔した場合は、内視鏡的にクリップ閉鎖術などで治療します。創部の炎症が落ち着くまでしばらく食事をお休みします。様子をみて問題がないことを確認してから食事が始まります。

食道は筒状の構造で、筒全周にがんが拡がっていて広範囲に切除した場合、内視鏡切除後1か月程度で狭窄する(食道が狭くなる)ことがあります。狭くなることが予想されている場合は治療時に創部にステロイドを注射する、あるいは治療後内服するなどの狭窄予防の治療を必要とする事があります。狭くなると食事の通りが悪くなるため、バルーン拡張術(内視鏡を使って狭くなった所を風船で膨らませる【図21】ようにして拡げる処置)を行います。

3)その他の内視鏡的治療

図22:アルゴンプラズマ焼灼法による内視鏡治療

図22:アルゴンプラズマ焼灼法による内視鏡治療

内視鏡的切除術では、がんの部分のみを切除するため、治療後しばらくして食道内の他の部位にがんが発生することがあります。また切除した所の近くに再発することもあります。早期で発見できればまた同じように内視鏡切除が可能です。過去の治療部位に近い場合はアルゴンプラズマ焼灼法という方法で腫瘍を焼灼する【図22】こともあります。

図23:光線力学療法(PDT:Photodynamic Therapy)による食道がんの治療 左:化学放射線療法後再発病変、中央:光線力学療法、レーザー光照射中、右:治療から2年後再発なく経過中

図23:光線力学療法(PDT:Photodynamic Therapy)による食道がんの治療 左:化学放射線療法後再発病変、中央:光線力学療法、レーザー光照射中、右:治療から2年後再発なく経過中

固有筋層より深い部位へ浸潤したがんを内視鏡を用いて切除することは不可能です。このため、通常は外科的な手術が行われます。しかし、全身状態が悪く手術が出来ない場合や、患者さんが手術を希望されない場合、手術でもがんが完全に切除できない場合、すでに食道から遠い所に転移が生じている場合等では、放射線治療薬物療法で治療することもあります。
治療後に食道局所にがんが残ってしまった場合や再発した場合、条件によっては内視鏡切除もしくは光線力学療法(PDT: Photodynamic Therapy)で治療を行う事が可能です【図23】

また、がんが高度に進行すると食道内腔が閉鎖し、水も飲めなくなります。しかし、内視鏡を用いて、ステントという特殊な管を食道に挿入すると、再び食事が通るようになります。このように、内視鏡を用いた食道がんの治療法には多くの方法があるため、主治医の先生と良く相談して決めてください。

内視鏡的切除術は入院期間も短く、後遺症の少ない、体に優しい手術法です。しかし、その適応は初期の食道がんのみです。早期食道がんには自覚症状がありません。食事がつかえる、痛いなどの症状が現れた時には、すでに進行がんになっています。したがって、自覚症状が無くても、検診や人間ドックなどで、定期的な検査を受けることをお勧めします。

食道がんの2大原因は飲酒と喫煙であるため、まずは禁酒、禁煙が重要です。禁酒をすることで、その後の食道がんの発生を減らすことが可能です。しかし、完全にゼロにはなりませんので、再発や別の部位のがんを早期発見するために、年に1~2回の定期検査を受けてください。