食道がんの治療
食道の壁は4層構造であり、内側から粘膜層、粘膜下層、固有筋層、外膜と言います。この粘膜層を詳しく分けると、粘膜上皮(EP)、粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)に分けられます。
なぜ、このように細かく分類するのでしょうか?これからお話しする、がんのリンパ節転移と深い関係があるからです。
図18:食道粘膜層、粘膜下層の組織像
言葉で説明すると難しいので、食道の組織像(顕微鏡像)で説明します【図18】。一番上(内腔側)が粘膜上皮(EP)、次が粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)で、その下が粘膜下層(SM)です。
がんはまず、この粘膜上皮(EP)に発生し、次第に粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)、粘膜下層(SM)へ浸潤します。これをがんの深達度と言います。
粘膜上皮(EP)や粘膜固有層(LPM)にとどまったがん(T1a-EP、T1a-LPM)は、転移を来す危険が極めて低いことが分かっています。一方、がんが粘膜筋板に達したがん(T1a-MM)では約10%で、がんが粘膜下層へ浸潤した場合(T1b-SM)では20%から50%も転移します。
したがって、内視鏡的切除の適応は、粘膜上皮内にとどまるT1a-EPがんと、粘膜固有層にとどまるT1a-LPMがんです。一方、粘膜筋板に達したT1a-MMがんや粘膜下層へわずかに(200μm以下)浸潤したT1b-SM1がんの場合は、CT検査や超音波内視鏡検査などの精密検査を施行し、リンパ節腫大が無い場合のみが内視鏡的切除の適応(相対的な適応)となります。
図19:内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)による食道がんの内視鏡的治療
内視鏡的粘膜切除術(EMR)と内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)という方法があります。EMRは内視鏡の先端から円形の電気メスをだし、吸引や鉗子で病変部をポリープ状に変形させて切除する方法です。短時間で比較的安全に切除することが出来ますが、小さな病変しか切除できない、正確な切除が困難という欠点がありました。
一方、ESDは内視鏡の先端から特殊な電気メスを出し、病変周囲の粘膜を切開した後に粘膜下層で剥離します【図19】。高度の技術を要しますが、大きな病変でも正確に切除することができます。日本食道学会の調査結果では、全体の88%がESDで切除されています。
切除時には静脈麻酔や挿管全身麻酔を行うため、苦痛は全くありません。術後1~2日は絶食ですが、その後に柔らかい食事を開始し、1週間前後で退院することができます。
主な偶発症は出血と穿孔です。特に血液の流れを良くする抗凝固薬や抗血小板薬を内服している場合は、出血の危険が高くなります。術中出血を来した場合は、特殊な鉗子と電気凝固を用いて止血します。
また、食道壁は薄いため、穿孔といって孔があくことがあります。日本食道学会の全国調査結果ではEMRとESDの穿孔率はそれぞれ0.34%、0.98%と共に低く、内視鏡的なクリップ閉鎖術で治療されていました。
内視鏡的切除術では、がんの部分のみを切除するため、数年後に食道内の他の部位にがんが発生することがあります。
食道がんの2大原因は飲酒と喫煙であるため、まずは禁酒、禁煙が重要です。禁酒をすることで、その後の食道がんの発生を減らすことが可能です。しかし、完全にゼロにはなりませんので、再発や別の部位のがんを早期発見するために、年に1~2回の定期検査を受けてください。
粘膜下層深部や固有筋層へ浸潤したがんを内視鏡を用いて切除することは不可能です。このため、通常は外科的な手術が行われます。しかし、全身状態が悪く手術が出来ない場合や、患者さんが手術を希望されない場合には、アルゴンプラズマ焼灼法や光線力学療法で治療することもあります。
また、がんが高度に進行すると食道内腔が閉鎖し、水も飲めなくなります。しかし、内視鏡を用いて、ステントという特殊な管を食道に挿入すると、再び食事が通るようになります(食道がんの治療 8 緩和治療:食道ステント治療参照)。このように、内視鏡を用いた食道がんの治療法には多くの方法があるため、主治医の先生と良く相談して決めてください。
内視鏡的切除術は入院期間も短く、後遺症の少ない、体に優しい手術法です。しかし、その適応は初期の食道がんのみです。早期食道癌には自覚症状がありません。食事がつかえる、痛いなどの症状が現れた時には、すでに進行がんになっています。したがって、自覚症状が無くても、検診や人間ドックなどで、定期的な検査を受けることをお勧めします。
よりやさしい“食道がん”に関する情報や療養に関する情報および食道がんに関するQ&Aは、
国立がん研究センターがん情報サービス(下記リンク)を参照してください。