食道がんの治療

頸部食道がんの手術治療

頸部食道がんは、食道がんの約5%の頻度で発生する比較的稀な病気です。リンパ節転移は多いのですが、頸部の周囲に限局していることが多いので、手術で取る範囲は頸部にとどまることが多いです。

一方で、頸部食道は咽頭や喉頭と連続しているため、がんの部位や深達度(大きさ)によっては喉頭も一緒に取らざるをえない(声を残すことができない)ことがあります。この項では、頸部食道がんに対する標準治療である頸部食道切除+遊離空腸再建について、また喉頭合併切除についても概説します。

皮膚切開の位置

図20:頸部食道がん手術の皮膚切開(赤線)

図20:頸部食道がん手術の皮膚切開(赤線)

【図20】にある通り頸部にU字の傷が入ります(のど仏の高さから胸骨直上の高さまで)。

また、がんの場所が胸部との境界線まで及んでいる場合には、胸の真ん中にさらに縦に傷が入ることもあります(Y字)。その場合、胸骨を中心で縦に切開して奥の部分(頸部胸部境界の縦隔)の切除を行い、ワイヤーで胸骨を寄せて閉じます。

あと、切除した食道の代わりに小腸(空腸)を移植して吻合するので、臍(へそ)の上、正中に7cm程度の傷が入ります。

切除する範囲

図21:頸部食道癌手術での切除範囲(緑色に囲まれた部分)

図21:頸部食道癌手術での切除範囲(緑色に囲まれた部分)

頸部食道がんで切除するところは、がんのある頸部食道と周囲のリンパ節です。

周囲のリンパ節は【図21】のように、鎖骨の上から喉頭(のど仏)の高さまで、食道の周囲を左右ともに、重要な神経や血管のみを残して、脂肪組織ごと取ります。

食道や気管の周辺については、頸部から縦隔(胸の中)まで可及的に取りますので、首の前方にある筋肉(前頸筋)はある程度切り取ってしまいます。

頸部食道切除後の再建術

図22:遊離空腸移植術

図22:遊離空腸移植術

頸部にある食道を切除した後は、小腸(空腸)をお腹から切り離して、切除した食道のところに移植します。移植した空腸はそのままでは血流がこないので、空腸の血管(動脈・静脈)と頸部にある血管(動脈・静脈)を吻合(縫いつける)します【図22】

この血管吻合は、顕微鏡下に髪の毛程度の太さの糸を用いて行います。通常は顕微鏡手術の専門である形成外科の先生と共同での手術となります。

手術時間と入院期間

食道やリンパ節の切除が3時間程度、空腸の移植に1~2時間、血管の顕微鏡での吻合に2時間と、合計で7時間程度の手術です。1週間程度で食事を再開し、3週間くらいで退院することが多いです。しかし、頸部食道がんは手術前に放射線治療を行っていることも多く、放射線により消化管の吻合部(縫い目)のほころびや、嚥下機能の低下に伴う誤嚥性肺炎になることもあり、入院期間が延びることもあります。

退院後の食事

基本的には何を食べていただいても結構です。ただし、飲みこんですぐのところに縫い目があり、空腸(小腸)がつながっています。食物の流れは食道に比べて悪いため、ゆっくりと食べる必要があります。ゆっくりとよく噛んで食事するように心がけてください。また、当然のことではありますが、アルコール類は飲まないようにしましょう。

喉頭を一緒に取る場合

頸部のしくみを少しだけ紹介します。口から入る食物は、のど(咽頭)を通って、食道に送り込まれます。咽頭までは食物だけでなく空気(息)も一緒に流れていきますが、のど仏(喉頭)のところで、喉頭(息の通り道)と食道(食物の通り道)に分かれます。

つまり、のど仏の下から食道が始まるのです。頸部食道がんの場合、がんのできた部位が喉頭に非常に近いため、がんの広がりによっては、喉頭を同時に切除しなくてはいけなくなることがあります。そうなると、息の通り道(気管)を切断してのどから体外に出すことになり、声が出せなくなってしまいます。

喉頭合併切除後の生活

図23:咽頭、喉頭、頸部食道摘出術後の永久気管孔

図23:咽頭、喉頭、頸部食道摘出術後の永久気管孔

喉頭も同時に切除すると、先述した通り一生声を失うことになります。様々な発声の補助器具が開発されているため、コミュニケーションの手段を失うというわけではありませんが、生活の質(QOL)が低下することに違いはありません。

また、普段の生活においても、【図23】のようにのどに息の通り道(気管孔)ができるので、ストローで水を飲んだり、麺をすすったり、熱いものに息を吹きかけたりということもできなくなります。お風呂に入るときには、気管孔からお湯が入りやすいので注意が必要です。

声を残す治療法

食道がんは放射線療法に対する感受性が高いので、化学療法を組み合わせた化学放射線療法を用いて、がんを縮小または消失させることもできます。頸部食道がんにおいては、喉頭(声)を温存する目的で、化学放射線療法を行い、声を残した手術が可能となる場合や完全にがんが消失して手術を回避できる可能性もあります。しかし、個々の病状は様々な要素が絡んできますので、実際に声が残せる・残せないは、主治医の先生とよくご相談ください。

頸部食道がんの治療としては、手術と化学放射線療法の二つが大きな柱となります。

化学放射線療法では、手術を回避して根治を得られる可能性がある一方で、根治が得られない場合には、手術が出来なくなることや手術ができたとしても術後の合併症の増加のリスクを抱えています。

手術と化学放射線療法のどちらが良いかについてはがんの根治性と治療後のQOLとのバランスを考慮して行う必要があります。治療の選択には主治医の先生とよく相談して納得のいく治療を受けてください。